まずこれで客観、主観、主知、主感の解釈ができましたが、これは極めて単純なる経験について云う事で、その経験は一の全き経験でありますから、この経験に対する注意の向け方、すなわち態度一つで、こう両面に分解はできますようなものの、この両極端の態度を取って、いずれへか片づけなければならないように人間が出来上っていると思うのは中庸を失した議論であります。
分りやすいためにこそ、こう截然たる区別はつけましたが、こう明暸に離れる場合は、あらゆる場合の両端に各一つずつしかないと合点しても間違ではなかろうと思います。
その中間に横っている多数の場合は皆この両面を兼ねているでしょう。