そこでこの法則の運行と、自分の気分と合体した時、すなわち自分がかくなりたいとかねがね希望していたかのごとき気分を生ずるときの非我の形相を、常住の公式に翻訳しようとするのが我々の欲望であります。
例えば時鳥平安城を筋違にと云う俳句があります。
平安城は器械的法則の平衡を保って存在しているのだから、そうむやみに崩れてはしまいません。
そこでこの法則の運行と、自分の気分と合体した時、すなわち自分がかくなりたいとかねがね希望していたかのごとき気分を生ずるときの非我の形相を、常住の公式に翻訳しようとするのが我々の欲望であります。
例えば時鳥平安城を筋違にと云う俳句があります。
平安城は器械的法則の平衡を保って存在しているのだから、そうむやみに崩れてはしまいません。