現に支那や印度の田舎へ行けば、お釈迦様や孔子様の時代とあまり変らない生活をしているでもあろう。
だがそれにしても自分たちの性に合った方向だけは取っていたであろう。
そして緩慢にではあるが、いくらかずつの進歩をつゞけて、いつかは今日の電車や飛行機やラジオに代るもの、それは他人の借り物でない、ほんとうに自分たちに都合のいゝ文明の利器を発見する日が来なかったとは限るまい。
現に支那や印度の田舎へ行けば、お釈迦様や孔子様の時代とあまり変らない生活をしているでもあろう。
だがそれにしても自分たちの性に合った方向だけは取っていたであろう。
そして緩慢にではあるが、いくらかずつの進歩をつゞけて、いつかは今日の電車や飛行機やラジオに代るもの、それは他人の借り物でない、ほんとうに自分たちに都合のいゝ文明の利器を発見する日が来なかったとは限るまい。