まさに道楽の真髄に徹したもので、さながら歓楽の権化かと思われます。
藝者などにも、どっちがお客だか判らないほど、御機嫌を伺って、お取り持ちをするので、始めのうちは「でれ助野郎め」と腹の中で薄気味悪がったり、嫌がったりしますが、だん/\気心が知れて見れば、別にどうしようと云う腹があるのではなく、唯人に可笑しがられるのを楽しみにするお人好なのですから、「桜井さん」「桜井さん」と親しんで来ます。
然し一方では重宝がられると同時に、いくらお金があっても、羽振りがよくっても、誰一人彼に媚を呈したり、惚れたりする者はありません。