だから「昔のことを考えるな」と云う井谷の言葉は、ほんとうに為めを思った親切な忠告なので、蒔岡の家が全盛であったのはせいぜい大正の末期までのことで、今ではその頃のことを知っている一部の大阪人の記憶に残っているに過ぎない。
いや、もっと正直のことを云えば、全盛と見えた大正の末頃には、生活の上にも営業の上にも放縦であった父の遣り方が漸く祟って来て、既に破綻が続出しかけていたのであった。
それから間もなく父が死に、営業の整理縮小が行われ、次いで旧幕時代からの由緒を誇る船場の店舗が他人の手に渡るようになったが、幸子や雪子はその後も長く父の存生中のことを忘れかねて、今のビルディングに改築される前までは大体昔の俤をとどめていた土蔵造りのその店の前を通り過ぎ、薄暗い暖簾の奥を懐しげに覗いてみたりしたものであった。