而も妙子を間違えて、雪子と出、年齢も雪子の年になっていた。
当時蒔岡家では、雪子のために取消を申し込んだものか、但しそうすれば半面に於いて妙子がしたことを裏書きするのと同じ結果を招く恐れがあり、それも智慧のない話であるからいっそ黙殺してしまったものかと、当主辰雄が散々考えたのであったが、過ちを犯した者はどうあろうとも、罪のない者に飛ばっちりを受けさせて置く訳には行かぬと思ったので、取消を申し込んだところ、新聞に載ったのはその取消ではなく、正誤の記事で、予想した通り改めて妙子の名が出た。
辰雄はその前に雪子の意見も聞いて見るべきであるとは心付いていたのだけれども、聞いたところで取り分け自分に対しては口の重い雪子が、どうせ明瞭な答をしてくれそうもないことは分っていたし、義妹たちに相談すれば利害の相反する雪子と妙子との間が紛糾することもあろうしと考え、妻の鶴子に話しただけで、自分一人の責任でそう云う手段に出たのであったが、正直のところを云えば、妙子を犠牲にしても雪子の冤を雪ぐことに依って雪子によく思われたいと云う底意が、いくらか働いていたかも知れない。