そして、この二人は、上本町九丁目の本家から、阪急蘆屋川の分家、―――幸子の家の方へ、前からも始終、一人が帰れば一人が来ると云う風にして、代る代る泊りに来ていたのが、この事件を切掛けにして段々頻繁になり、二人が一緒にやって来て半月も泊り続けることがあるようになった。
それと云うのが、幸子の夫の貞之助は、計理士をしていて毎日大阪の事務所へ通い、外に養父から分けて貰った多少の資産で補いをつけつつ暮しているのであったが、厳格一方の本家の兄と違って、商大出に似合わず文学趣味があり、和歌などを作ると云う風であったし、本家の兄のような監督権を持たなかったし、いろいろの点で雪子たちには、そう恐くない人なのであった。
ただ余り雪子達の滞在が長くなると、本家へ気がねして「一遍帰ってもろたら」と幸子に注意することはあったが、幸子は毎度、そのことなら姉ちゃんが諒解していてくれるから、心配しやはらんでもよい、今では本家も子供が殖えて家が手狭になったことだし、時々妹達が留守にした方が姉ちゃんも息抜きが出来るであろう、まあ当分は当人達の好きなようにさせておいても別条はないと云い云いして、いつかそう云う状態が普通になっていたのであった。