井谷にして見れば、最初にこの話があってから既に一箇月以上にもなるのだし、先日蘆屋を訪ねた時にも、その数日後オリエンタルホテルの見合いの時にも、「あと一週間ぐらいお待ち願えれば」と云う挨拶を聞かされているのであるから、好い加減痺れを切らすのも尤もなのであるが、事実は幸子が始めて本家へこの事件で相談に行ったのがやっと十日か半月程前のことなので、それでなくてもこう云う調査には大事を取りたがる本家が、そう早速に返事をする筈はないのであった。
要するに幸子が井谷に攻め立てられてつい出まかせに「あと一週間」と云ってしまい、貞之助が又仕方なくそれに口を合せたのが悪かったので、正直のところ、本家では瀬越の戸籍謄本を取り寄せるべく原籍地の役場へ云ってやったのが、漸く両三日前に届いたなどと云っている始末で、興信所の報告も、国元の方を調べるのだとすると相当暇が懸るであろうし、まだその後で、いよいよ極めると云うことになれば、もう一度念のために然るべき人を国元へ遣るなどと云っているのである。
貞之助夫婦は今更困って、もう四五日もう四五日と云って引っ張っているより外はなかったが、井谷はその間にも蘆屋へ一度と大阪の事務所へ一度催促に見え、こう云う話は早いに越したことはございませんよ、兎角邪魔が這入り易いものですからねとか、いいとなったら今年のうちにでも式をお挙げになることですねとか、云うようなことまで云って帰った。