貞之助は、他聞を憚ることもあるから美容院でなく、岡本のお宅の方へお伺いしたいと思いますがと、在宅の時間を確かめておいて、夕刻、いつもよりは遅めに事務所を出て、その足で岡本へ廻った。
通された部屋にはもう灯がともっていたが、それが濃い緑色の、深い暈の附いたスタンドなので、室内の上半部が薄暗くなっており、その翳の中に、安楽椅子に腰かけている井谷の顔があって、表情が此方にはっきり見分けられないのが、職業柄にもなく文学青年的な純良さを持つ貞之助には切り出しよかった。
「今日は甚だ申しにくいことを申し上げに参ったような訳でして、………実はその後彼方さんのお国元の方を調べてみましたのですが、外のことは宜しいのですけれども、何分お母さんの御病気が御病気だものですから、………」