貞之助は政治問題の中でも国際間の出来事に関しては相当に興味を感じており、新聞や雑誌に書いてある程度の知識は持っているのであるが、どんな時にも決して傍観者の態度から一歩も出たことはなく、時節柄、うっかりしたことを口走って係り合いになっては詰まらぬと云う警戒心が強いので、取り分け気心の知れない外国人の前などでは、何も意見を云わないことに極めていた。
が、母国を追われて漂泊しているこの人達に取っては、こう云う問題は一日も捨てて置けない自分達の死活問題なのであろう、それから暫く、彼等の間だけで議論がつづいたが、ウロンスキーが一番その方面の消息に通じ、何かしら主張めいたものを持っているらしく、他の人達は大体に於いて聞き役に廻っていた。
彼等は貞之助達のために努めて日本語でしゃべったが、ウロンスキーは少し話が込み入って来ると露西亜語を使い、キリレンコが時々それを貞之助達に訳して聞かせた。