でもその時は瀬越の話が纏まりそうな気がしていたので、半分はおあいその積りで云ったのであったが、陣場夫人の方は心にかけていてくれたと見えて、その後妹さんはどうしておいでになるか、実はあの時はうっかりしていたが、私の夫の恩人に当る関西電車社長浜田丈吉氏の従弟で、先年細君に死に別れて目下後妻を求めている人があり、是非良い縁を捜してくれるようにと、浜田氏から熱心な依頼を受け、本人の写真まで預かっている口があるので、ふっと妹さんのことを考えついた、夫はその人をよく知っている訳ではないが、浜田氏が保証するからには間違いのない人物であろうと云っている、兎も角も別便に託して、写真をお送りして見るから、お気持があるなら台紙の裏に書いてある事項に基づいて、詳細のことはそちらで調べて戴きたい、その上で適当な縁と思われたら、お申越次第いつでも御紹介の労を取ることにしよう、こう云う話はお目に懸ってお話するのが本当だけれども、押し付けがましくなっても如何と思うので、一往手紙でお伺いする、と、そう云って来て、その明くる日に写真が届けられたのであった。
幸子はそれを受け取ったと云う挨拶を兼ねて、直ぐ礼状を出したことは出したけれども、去年井谷に責められて懲りているので、今度は安請合をしないことにして、御親切は身に沁みて忝ないが、この御返事は一二箇月待って戴きたい、と云うのは、ついこの間一つ縁談があったのを破談にしたばかりのところなので、妹の心理状態を考えると、ここ暫く期間を置いて次の話を持ち出した方がよさそうに思う、そして今度は出来るだけ慎重を期し、調査も十分にした上で、お願いするものならお願いしたい、御承知のようにあの妹は大分婚期がおくれているので、あまりたびたび見合いをさせてそれが不結果に終るようになるのは、姉の身としていかにも当人がいじらしいから、と、そう正直に云ってやった。
で、まあ今度は慌てずに、自分達の手でゆっくり調べてから、よいとなったら本家に話をし、その上で雪子にも云うことにしようと、貞之助とそんな風に話し合っていたのであったが、正直のところ、幸子はそれほど気乗りがしている訳ではなかった。