そのライラックの木の西に、まだ芽を出さない栴檀と青桐があり、栴檀の南に、仏蘭西語で「セレンガ」と云う灌木の一種があった。
雪子たちの語学の教師であるマダム塚本と云う仏蘭西人が、自分の国に沢山あるセレンガの花を、日本へ来てから見たことがなかったのに、この庭にあるのは珍しいと云って、ひどく懐しがってから、雪子たちもこの木に注意するようになり、仏和辞典を引いてみて、日本語では「さつまうつぎ」と云うところの卯木の一種であることを知ったが、この花の咲くのは、いつも小手毬やライラックが散った後、離れ座敷の袖垣のもとにある八重山吹の咲くのと同時ぐらいなので、今はまだ、ようよう若葉が芽を吹きかけているだけである。
その「さつまうつぎ」の向うが、シュトルツ氏の裏庭との境界の金網になっていて、網に沿うた青桐の下の、午後の陽光がうらうらと照っている芝生の上に、悦子がさっきからローゼマリーと二人で蹲踞まりながら、飯事をしていた。