雪子たちの語学の教師であるマダム塚本と云う仏蘭西人が、自分の国に沢山あるセレンガの花を、日本へ来てから見たことがなかったのに、この庭にあるのは珍しいと云って、ひどく懐しがってから、雪子たちもこの木に注意するようになり、仏和辞典を引いてみて、日本語では「さつまうつぎ」と云うところの卯木の一種であることを知ったが、この花の咲くのは、いつも小手毬やライラックが散った後、離れ座敷の袖垣のもとにある八重山吹の咲くのと同時ぐらいなので、今はまだ、ようよう若葉が芽を吹きかけているだけである。
その「さつまうつぎ」の向うが、シュトルツ氏の裏庭との境界の金網になっていて、網に沿うた青桐の下の、午後の陽光がうらうらと照っている芝生の上に、悦子がさっきからローゼマリーと二人で蹲踞まりながら、飯事をしていた。
二階の欄干から見おろすと、玩具の寝台や、洋服箪笥や、椅子や、テーブルや、西洋人形など、こまこました物が並んでいるのが残らず見分けられ、二人の少女の甲高い声がはっきり聞き取られるのであるが、二人は雪子に見られていることに気が付かないで、遊びに夢中になっていた。