去年の春は貞之助がそれに反対を唱え、たまには場所を変えようと云い出して、錦帯橋まで出かけて行ったが、帰って来てから、幸子は何か忘れ物をしたようで、今年ばかりは春らしい春に遇わないで過ぎてしまうような心地がし、又貞之助を促して京都に出かけて、漸く御室の厚咲きの花に間に合ったような訳であった。
で、常例としては、土曜日の午後から出かけて、南禅寺の瓢亭で早めに夜食をしたため、これも毎年欠かしたことのない都踊を見物してから帰りに祇園の夜桜を見、その晩は麩屋町の旅館に泊って、明くる日嵯峨から嵐山へ行き、中の島の掛茶屋あたりで持って来た弁当の折を開き、午後には市中に戻って来て、平安神宮の神苑の花を見る。
そして、その時の都合で、悦子と二人の妹たちだけ先に帰って、貞之助と幸子はもう一と晩泊ることもあったが、行事はその日でおしまいになる。