されば、彼女たちは、毎年二日目の午後、嵯峨方面から戻って来て、まさに春の日の暮れかかろうとする、最も名残の惜しまれる黄昏の一時を選んで、半日の行楽にやや草臥れた足を曳きずりながら、この神苑の花の下をさまよう。
そして、池の汀、橋の袂、路の曲り角、廻廊の軒先、等にある殆ど一つ一つの桜樹の前に立ち止って歎息し、限りなき愛着の情を遣るのであるが、蘆屋の家に帰ってからも、又あくる年の春が来るまで、その一年じゅう、いつでも眼をつぶればそれらの木々の花の色、枝の姿を、眼瞼の裡に描き得るのであった。
今年も幸子たちは、四月の中旬の土曜から日曜へかけて出かけた。