以来彼女たちは、花時になるときっとこの池のほとりへ来、この桜の樹の下に立って水の面をみつめることを忘れず、且その姿を写真に撮ることを怠らないのであったが、幸子は又、池に沿うた道端の垣根の中に、見事な椿の樹があって毎年真紅の花をつけることを覚えていて、必ずその垣根のもとへも立ち寄るのであった。
大沢の池の堤の上へもちょっと上って見て、大覚寺、清涼寺、天竜寺の門の前を通って、今年もまた渡月橋の袂へ来た。
京洛の花時の人の出盛りに、一つの異風を添えるものは、濃い単色の朝鮮服を着た半島の婦人たちの群がきまって交っていることであるが、今年も渡月橋を渡ったあたりの水辺の花の蔭に、参々伍々うずくまって昼食をしたため、中には女だてらに酔って浮かれている者もあった。