ほんとうに、その人達の云う通り、これが遠い外国とか、交通不便な片田舎へ遣られでもすることか、東京のまん中の丸の内へ勤務することになって、勿体なくも天子様のお膝元へ移住すると云うのに、何が悲しいことがあろうと、自分でもそう思い、われとわが胸に云い含めているのだけれども、住み馴れた大阪の土地に別れを告げると云うことが、たわいもなく悲しくて、涙さえ出て来る始末なので、子供達にまで可笑しがられているのだと云う。
そう聞かされると、幸子も矢張可笑しくなって来るのであるが、一面には姉のその心持が理解出来ないでもなかった。
姉と云う人は、早くから母の代りに父や妹たちの面倒を見た人で、父が亡くなり、妹たちがようよう成人する頃には、既に婿を迎えて子持ちになってい、夫と共に傾きかけた家運の挽回に努めると云う風な廻り合せになったりして、四人の姉妹のうちで一番苦労をしているけれども、又或る意味では、一番旧時代の教育を受けているだけに、昔の箱入娘の純な気質を、今もそのまま持っているところがあった。