姉と云う人は、早くから母の代りに父や妹たちの面倒を見た人で、父が亡くなり、妹たちがようよう成人する頃には、既に婿を迎えて子持ちになってい、夫と共に傾きかけた家運の挽回に努めると云う風な廻り合せになったりして、四人の姉妹のうちで一番苦労をしているけれども、又或る意味では、一番旧時代の教育を受けているだけに、昔の箱入娘の純な気質を、今もそのまま持っているところがあった。
で、今時大阪の中流階級の夫人が、三十七歳にもなっていて一度も東京を見たことがないなどと云うのは、不思議な話であるけれども、姉は事実東京へ行ったことがないのであった。
尤も大阪では、家庭の女が東京の女のように旅行などに出歩かないのが普通であって、幸子以下の妹たちも、京都から東へはめったに足を伸ばしたことがないのであるが、それでも学校の修学旅行その他の機会に、三人ながら一度か二度は東京へ行った経験を持っていた。