父と云う人は書画骨董には一向に眼の利かなかった人で、何でも高価な物でさえあれば間違いがないと云う風に考える癖があり、時々馬鹿々々しい物を掴まされたらしいのであるが、この硯なども、お出入りの骨董屋が持って来て何百円とか云ったのを云われるままに買ったものなので、幸子は当時その場に居合わせて見ていたのであった。
そして、子供心に、硯にもそんなに高いものがあるのかと思い、書家でも画家でもない父がそんなものを買って何にするのかと思ったことであったが、それよりもなお馬鹿々々しく感じたのは、たしかこの硯と一緒に、印材にする雞血石と云う石を二つ買った。
父はそれを、後日懇意な医学博士で漢詩を作る人の還暦の祝に贈ろうとして、めでたい文句を選んで彫らせようとしたところ、失礼ながらこの石には交り物があって彫る訳には行かないと、篆刻家から返却して来たことがあったが、高い金を出して求めた品なので、捨てることもならず、長い間何処かに突っ込んであったのを、その後も折々見かけたものであった。