考えてみれば、鶴子は今までに蘆屋の幸子の家へ数えるほどしか来ていなかったし、来てもほんの一二時間、家事の相間を見て来るだけであったし、幸子の方から上本町へ訪ねて行っても、子供が大勢纏わり着くので、おちおち話している暇もなかったと云うような訳で、少くともこの二人の姉妹は、お互に結婚生活をするようになってから、しんみり語り合う機会を持たなかったと云ってもよいのであった。
だから今度は、姉の方も妹の方も、前からその日の来るのを楽しみにし、こう云う話もしよう、ああ云う話も聞いて貰おうと、娘時代から此方十何年来溜っている話題の数々を考えていたのであったが、さて、その日になって、泊りに来てみると、姉はこの間じゅうの、―――と云うよりは、十何年来の所帯の疲れが一遍に出た形で、何よりも按摩を呼んで貰い、昼間から二階の寝室に上って、勝手に寝ころばして置いて貰うのを喜ぶと云った有様であった。
幸子は、姉が神戸をよく知らないので、オリエンタルや南京町の支那料理屋などへも案内しようと思っていたのに、そんな所へ連れて行ってもらうよりは、此処で誰に気がねもなくのんびりと手足を伸ばしていたい、御馳走なんぞ食べさしてくれないでも、お茶漬で結構だから、と云ったりして、一つは炎暑のせいもあったが、足かけ三日の間、何のこれと云う纏まった話もせず、ただごろごろして過してしまった。