櫛田医師の意見では、小児の神経衰弱も決して珍しいものではないから、恐らく悦ちゃんのもそうであろう、案じるほどのことはないと思うけれども、専門の医師に紹介するからその先生に診てお貰いなさい、私は脚気の手当だけをして置く、専門医は西宮の辻博士がよいから、今日中にも往診してくれるように電話で頼んで置きましょう、と云うことであったが、夕刻に辻博士が見え、診察後暫く悦子と問答などをして、神経衰弱と云う診断を下した。
そして、先ず脚気を完全に治療する必要があること、投薬に依ってでも食慾を促進させ、偏食を直すようにすること、学校は、気分次第にして遅刻や早退をさせるのはよいが、全然学業を廃して転地療養等をするのは不可であること、なぜなら、精神が或る一つの事に向けられていると、却っていろいろな妄想を描く余裕がなくなるからであること、興奮させてはならないこと、分らないことを云っても頭から叱り付けず、諄々と説いて聴かせるようにすること、等々を注意して帰った。
雪子のいなくなった結果が、こう云う形を取って悦子の上に現れて来たものであるとは、必ずしも断定し難いし、幸子としてはそんな風には考えたくなかったが、扱い方にほとほと手を焼いて、どうしたらよいのか分らず、泣きたくなるような折に出遭うと、雪子であったら、こんな場合に辛抱強く云い聴かせて納得させてしまうのに、と思うことは再三であった。