幸子の方には、夫のように頑健で抵抗力の強い人は自分達のような華奢で病気に罹り易い者の気持が分らないのだと云う考があり、貞之助の方には、箸に黴菌が着いたぐらいで病気に感染するようなことは千に一つの場合である、それを恐れてああ云う遣り方をしていたのではますます抵抗力が弱くなると云う考があり、一方が、女の子は規律よりも優雅と云うことが大切だと云えば、一方が、いや、その考え方が旧式なのだ、家庭でも食事や遊戯の時間などを規則正しくしなければならぬ、あんなだらしのないことをさせて置いてはいけないと云い、一方が、あなたは衛生思想のない野蛮人だと云えば、一方が、お前達のする消毒は少しも合理的に行われていない、箸に湯やお茶をかけたぐらいで病菌が死にもしまいし、食物がお前達の前に運ばれる迄に、どう云う所でどう云う不潔物に触れて来るか知れたものではない、お前達は欧米流の衛生思想を穿き違えている、いつかの露西亜人達などは生牡蠣を平気で食べたではないか、と云ったりした。
本来貞之助は、孰方かと云えば放任主義で、殊に女の児の躾は母親の方針に一任して置けばよいと云う建前であったが、近頃は、目下の支那事変の発展次第では婦人が銃後の任務に服するような時期も有り得べく、そんな場合を考えると、これからの女子は剛健に育てて置かなければ物の役に立たないと云うことを、憂慮するようになっていた。
と、或る時貞之助は、悦子がお花と飯事遊びをするのに、注射の針の使いふるしたのを持って来て、芯が藁で出来ている西洋人形の腕に注射しているのを、ふっと見かけたことがあった。