ただ、肝腎の悦子が誰よりも雪子の云うことを信じるようになっており、その雪子の遣り方を妻が支持しているのでは、下手な干渉をすると家庭に風波を起すだけで終ってしまう危険があるので、機会を待っていたのであるが、雪子がいなくなったことは、そう云う点からよいことであるように貞之助は見ていた。
と云うのは、従来貞之助も雪子の境遇には密かに同情していたので、娘の躾と云うことも大切ではあるが、雪子が受ける精神的打撃も考えてやらねばならず、彼女を僻ませないように、「邪魔にされた」と云う感じを持たせないように、悦子から遠ざけてしまうことは容易でなかったのに、それが今度は自然に解決した訳で、雪子さえいなくなれば、妻の方は扱い易い、と云う腹があった。
で、雪子ちゃんを気の毒に思う心持は僕もお前と同様なのだから、雪子ちゃん自身が帰って来たいと云うなら拒みはしないが、悦子のために呼び戻すと云うことは賛成しかねる、なるほど、悦子を扱うことは馴れているから、来て貰えばさしあたり助かるには違いないが、僕に云わせると、悦子が今のような神経衰弱になった遠い原因は、お前や雪子ちゃんの躾方にあるのだ、だから、一時の困難を忍んでも、これを機会に雪子ちゃんと云うものの影響を悦子から除いてしまう方がよい、そして、徐々に、逆らわないようにしながら、躾方を変えて行こうではないか、それには此処当分の間雪子ちゃんが帰って来てくれない方が都合がよい、―――と、そう云って幸子を制していた。