………そして幸子は、雪子がわりに機嫌よく、ほんの当座の旅行のような身支度で気軽に出て行ったのは、直きに口実を拵えて呼んで上げるからと、あの時気休めに云ってやった言葉を、案外あてにしていたのであることが、今になると分って来たのであった。
雪子にしてみれば、幸子のその言葉があったればこそ、それを頼みにして、一往本家の気が済むように東京まで附いて来たのであるのに、その後幸子の方で何の工作もしてくれている様子がないとしたら、………而も、附いて来たのは自分だけで、妙子の身柄はそう問題にされず、今以て関西に居残って暮しているとしたら、………自分一人馬鹿を見た、欺されたと思うのも尤もかも知れない。
幸子は、姉がそんな気持になっているなら、本家の方は大して面倒はないとして、夫が何と云うか、今暫く見合せた方がよいと云うか、それとも、もう四箇月も立ったことだし、悦子も落ち着いて来たのであるから、十日や半月ぐらいの間なら呼び戻しても差支えないと云うか、まあ、春にでもなったら夫に相談を持ちかけてみようと思っていると、折よく正月の十日頃に、あれ以来何とも云って来なかった陣場夫人から手紙が来た。