兄さんも姉ちゃんも、何しろこんな家だけれども家賃も安過ぎると、誰に言訳するともなく云い云いしていたが、そんなことを云っているうちに、いつかその安さに釣られて居すわる料簡になったのであろう。
それと云うのが、大阪にいればこそ家名や格式を気にする理由もあるけれども、東京へ来てしまえば「蒔岡」などと云ったって知っている者はないのだから、下らない見えを張るよりは、少しでも財産を殖やすように心がけた方がよい、と云った風な実利主義に転向したとしても不思議はない。
その証拠には、兄さんは今度支店長になって月給も上り、それだけ懐にも余裕を生じた筈なのであるが、万事が大阪時代から見ると締まり屋になった。