………自分がもし、あんな不注意なことをしなかったら、十一月には生れていたであろうに、そして来年の今頃は、あやせば笑うくらいにはなっていたであろうに、………きっと今度は、男の児だったのではなかろうか、そうしたら夫は勿論悦子がどんなに喜んだであろうか、………自分として、全然気が付かなかったのなら諦めようもあるけれども、あの時虫が知らしたのに、なぜバスで行くことを止めなかったのか、咄嗟に適当な口実が浮かばなかったせいでもあるが、何とでも云って、自分一人だけ後から行くようにすればよかったし、口実ぐらいいくらでも考え出せたのに、なぜそうしなかったのか、悔んでも悔んでも一番このことが悔み足りない。
夫が云うように幸いにして後が出来てくれたらよいが、そうでなかったら、恐らく自分は何年立っても、ああ、今頃生きていたらこのくらいになっているのになあと思い思いして、いつ迄も忘れられないであろう。
大方このことが一生癒やし難い悔恨となって附き纏うであろう。