そのすすめ方が実に熱心で、此方が再三辞退したぐらいでは聴き入れず、むさくろしい家ですけれども見晴らしのよいことは北京楼以上です、座敷に坐りながら港が一と目に見えるところが自慢なんです、まあちょっと上って、僕の生活ぶりも見て行って下さい、と、頻りに云う傍から陣場夫婦も口を添えて、折角ああ云われるのだから是非寄って上げて下さい、野村さんのお宅には婆やと小女がいるだけだそうで、誰にも気兼ねはありません、こう云う機会にお住居の模様を見ておいて下さったら何かの参考になるでしょう、などと云うのであったが、貞之助も、そう云っても縁のものだから、雪子の考を聞いてみないうちは打壊しな行動も取りたくないし、この話がどうなるにしても又どんなことで世話になるかも分らないのに、陣場夫婦の顔を立てないのも如何であろうか、………この人達だって、気は利かないが親切でしてくれているには違いないのだから、………と云ったような弱気が、もともと腹の底にあるので、そんならちょっとだけ寄せて戴きましょうかと、先ず幸子が云い出したのを切掛けに、我を折ってしまった。
しかし此処でも野村の家へ行く迄には、足場の悪い、細い急な坂路を二三十間も上るのであった。
野村は非常な燥ぎ方で、子供のように喜んでしまって、海の方が見える座敷の雨戸を大急ぎで開けさせ、書斎を見て戴きましょうと云って、ついでに家じゅうの部屋を台所まで案内して廻った。