二十九
中一日置いて、十七日の朝蘆屋へ訪ねて来た陣場夫人は、一昨日無理をしたために幸子が又臥ていると聞くと、さすがに今度は恐縮しながら、三十分ほど枕もとで話して帰ったが、要するに、野村さんから是非お頼みに上ってくれと云われたので来た、大体野村さんの生活程度は家を御覧になったので御想像がつくであろうが、でも現在は独身だからああ云う所におられるので、奥さんを迎えたらもっと家らしい家に移ると云っておられる、殊に雪子さんが来て下さるなら、自分は献身的の愛を捧げるつもりである、自分は豊かではないが、雪子さんに不自由な思いをさせないぐらいなことは出来る、と云っておられる、それで実は浜田さんにもお目に懸って来たのであるが、野村がそんなに執心であるなら、どうか纏まるように尽力してやって貰いたい、当人に財産がないのが、来て下さる人にお気の毒なので、何とか考えてみるが、その点はまあ自分に任して貰いたい、自分として、今具体的にどうすると云う保証をしろと云われても困るが、自分がいる以上決して生活の苦労はさせないから、と云っておられた、ついては、あれだけの方がそう云っておられるのだから、それは信用なさっても大丈夫なのではあるまいか、野村さんと云う人は、風采はああ云う風で、恐い顔つきをしておられるが、非常に情に脆いやさしいところがあり、先の奥さんなども随分大切にした人だそうで、亡くなられた時の看病の仕方などは、他人が見ても涙がこぼれたくらいだと云う噂がある、現にこの間の晩も奥さんの写真がああして飾ってあったではないか、不足を云えば際限がないが、女としては、何より彼より夫に可愛がって貰えることが一番幸福なのだから、何卒くれぐれも考えて下すって、精々早く返事をして下さるように、―――と云うのであった。
幸子は、予め断る時の伏線を張って、雪子自身はよいも悪いも私達次第なのだから、その方は面倒はないけれども、肝腎な本家が何と云うか、私達はただ代理を勤めているだけなので、野村さんの身許調べなども一切本家がしているような訳だから、―――と、雪子が悪く思われないように、専ら本家へ責任をなすりつけるような挨拶をして帰したのであったが、引き続いて気分がすぐれず、医者の忠告に従って絶対安静を守っていたので、そう早速に雪子の考を探ってみる折もなく過していた。