しかし狭心症は全く治癒した訳ではなく、その後も時々軽い発作があり、今になっても折々ニトログリセリンの厄介になっている。
そして二月から三月一杯寝室から一歩も出たことはなかった。
佐々木看護婦は父の入院中も卯木家にいて母の看護に当っていたが、父が退院すると又父の係となって、三度の食事から大小便の世話をしたが、時々お静も手伝っていた。
しかし狭心症は全く治癒した訳ではなく、その後も時々軽い発作があり、今になっても折々ニトログリセリンの厄介になっている。
そして二月から三月一杯寝室から一歩も出たことはなかった。
佐々木看護婦は父の入院中も卯木家にいて母の看護に当っていたが、父が退院すると又父の係となって、三度の食事から大小便の世話をしたが、時々お静も手伝っていた。