それは同志社で彼女がフランス語を教えて貰っていたフランスの老夫人の家で、今も敏子はその老夫人に個人教授を受けているのである。
夫人の夫は日本人であるが、目下中風で臥床しており、夫人だけが同志社に教鞭を執ったり個人教授をしたりして夫を養っているのであるが、夫が発病して以来自宅では敏子以外に生徒を取らず、もっぱら出教授を主にしている。
家は夫婦二人きりで、間数は廣くないけれども、夫が書斎に使っていた離れ座敷の八畳が今は不用に帰しているから、そこに寝泊りして下されば夫人も病人の夫を置いて外出するのに安心である。