私が二階を意識しながら密かに日記帳を取り出して筆を執りつつある時に、ややもするとそういう瞬間が訪れるのであるが、それは私の気のせいばかりでもあるまい。
私は音を立てないようにするために、西洋紙にペン字で書くことを避け、かように柔かい薄い雁皮紙を袋綴じにした小型の和装の帳面を作り、それへ毛筆の細字でしたためているのだが、さっきは私としてついぞないことに、書く方に興が乗り過ぎて、ほんの一二秒の間二階への注意を怠っていた。
と、その時故意か偶然か、夫が音もなく便所へ下りて来て、茶の間の前を素通りして、用を済ますとまたすぐ二階へ上って行った。