(いったい私は、いつの間にこんなに自由自在に四肢を扱う技術に練達したのであろうか、自分でも呆れるほかはないが、これも皆木村氏が仕込んでくれたのである)ところで、いつもは彼とあの家で落ち合うと、合ってから別れるギリギリの時間まで、一秒の暇も惜しんで全力的にそのことに熱中し、何一つ無駄話などはしないのであるが、今日はふっと、「郁子さん、何を考えているんですか」と、木村が眼敏く気がついて私に尋ねた瞬間があった。
(木村はとうから私のことを「郁子さん」と呼んでいるのである)「いゝえ別に」と、私は云ったが、その時、ついぞないことに、夫の顔がチラリと私の眼の前を掠めた。
どうしてこんな時に夫の顔が浮かんで来たのか不思議であったが、私が一生懸命にその幻影を打ち消すように努めていると、「分っていますよ、先生のことを考えているんですね」と、木村が図星を指して云った。