去月一日、すなわち病人が第二回目の発作を起して斃れた日の前日をもって私の日記は終っており、それ以後今日まで三十八日間というもの、私はあとを書き継ぐことを中止していた。
それは、病人の突然の死去によって当分の間いろいろな家事上の雑務が生じ、多忙であったからでもあるが、彼の死の結果として、さしあたり先を書き継ぐ興味が、―――というか、張り合いが、というか、―――なくなったからでもある。
その「張り合いがなくなった」という事情は、今日といえども変っていない。
去月一日、すなわち病人が第二回目の発作を起して斃れた日の前日をもって私の日記は終っており、それ以後今日まで三十八日間というもの、私はあとを書き継ぐことを中止していた。
それは、病人の突然の死去によって当分の間いろいろな家事上の雑務が生じ、多忙であったからでもあるが、彼の死の結果として、さしあたり先を書き継ぐ興味が、―――というか、張り合いが、というか、―――なくなったからでもある。
その「張り合いがなくなった」という事情は、今日といえども変っていない。