河海抄は此の故事を今昔物語から引用し、「大和物語にも此事あり」と云っているけれども、現存の今昔や大和物語には載っていない。
が、源氏にこんな冗談を云わせているのを見ると、此の平中の墨塗りの話は好色漢の失敗談として、既に紫式部の時代に一般に流布していたのであろう。
平中は古今集その他の勅撰集に多くの和歌を遺しているし、系図も一往明かであるし、その頃のいろ/\の物語に現れて来るので、実在した人物であることは紛れもないが、死んだのは延長元年とも六年とも云って確かでなく、生れた年は何の書にも記してない。