従来藤原時平と云うと、あの車曳の舞台に出る公卿悪の標本のような青隈の顔を想い浮かべがちで、何となく奸佞邪智な人物のように考えられて来たけれども、それは世人が道真に同情する餘りそうなったので、多分実際はそれ程の悪党ではなかったであろう。
嘗て高山樗牛は菅公論を著わして、道真が彼を登用して藤原氏の専横を抑えようとし給うた宇多上皇の優渥な寄託に背いたのを批難し、菅公の如きは意気地なしの泣きみそ詩人で、政治家でも何でもないと云ったことがあるが、そう云う点では時平の方が却って政治的実行力に富んでいたかも知れない。
大鏡は時平を悪くばかりは云わず、愛すべき点があったことをも伝えている中に、可笑しいことがあると直ぐ笑い出して笑いが止まらない癖があったと云うが如きは、無邪気で明朗濶達な一面があったことを證するに足りるのであるが、その一例として滑稽な逸話がある。