いったい国経はその頃としては大変長寿を保った人で、延喜八年に八十一歳を以て歿したのであるが、生来一向働きのない、好人物と云うだけの男で、兎も角も従三位大納言の地位にまで昇り得たのは、長生きをしたお蔭であろう。
嘗て太宰権帥に任じていたことがあるので、帥の大納言と呼ばれていたが、その大納言になったのは実に延喜二年の正月、彼が七十五歳の時であった。
彼にたゞ一つの取柄と云えば、非常に健康に恵まれていたことで、肉体的精力が倫を絶していたであろうことは、そう云う高齢で二十何歳と云う夫人を擁し、男子を生ませていた一事を以てしても想察するに足るのである。