もと/\此の事の起りは、去年の冬の或る夜、彼が本院の館に伺候した折、左大臣からあの北の方のことをいろ/\尋ねられたので、ついうっかりと、好い気になっておしゃべりをしたのが始まりであることを思えば、彼は誰を恨むよりも、己れの浅慮を恨まねばならない。
いったい彼は、「われこそは当代一の色事師である」と己惚れているところへ持って来て、おっちょこちょいの癖があるので、しば/\時平に巧い工合におだてられて、泥を吐かされるのであるが、それにしても、もしあの当時時平があゝ云う暴挙に出るであろうことが豫想されたら、あんなおしゃべりはしなかった筈であった。
彼も、此の道にかけては油断のならない左大臣が、あの北の方のことを知ったら何かいたずらをしはしないか、と云う懸念は抱いたけれども、自分のような官位の低い軽輩と違って、まさかに朝廷の重臣である人が、そう軽々しく夜遊びに出かけ、他人の家に忍び込んで北の方の閨へ這い寄る、と云う訳にも行くまい、そこは一介の左兵衛佐の方が気楽だと、そう思って安心していたので、あんな工合に、衆人環視の中に於いて堂々と人妻を浚って行くような派手なことが可能であろうとは、全く考え及ばなかったのであった。