彼も、此の道にかけては油断のならない左大臣が、あの北の方のことを知ったら何かいたずらをしはしないか、と云う懸念は抱いたけれども、自分のような官位の低い軽輩と違って、まさかに朝廷の重臣である人が、そう軽々しく夜遊びに出かけ、他人の家に忍び込んで北の方の閨へ這い寄る、と云う訳にも行くまい、そこは一介の左兵衛佐の方が気楽だと、そう思って安心していたので、あんな工合に、衆人環視の中に於いて堂々と人妻を浚って行くような派手なことが可能であろうとは、全く考え及ばなかったのであった。
彼に云わせれば、妻は夫の眼を掠め、夫は妻の眼を掠めて、無理な首尾をし、危い瀬戸を渡り、こっそりと切ない逢う瀬を楽しむところにこそ恋の面白味は存するのである。
地位や権勢を利用して他人の所有物を強奪するのでは、身も蓋もない野暮な話で、自慢にも何もなりはしない。