元来彼があの北の方に寄せていた感情は、前にも云うように通り一遍の色恋よりは深いものがあったので、あの当時もしあのまゝで進んだならば、まだもっと関係が続いたかも知れないのに、彼にしては柄にもなくあの好人物の老大納言に惻隠の情を催して、これ以上罪を重ねることが厭わしくなったところから、努めて彼女のことを忘れるようにして、遠のいたのであった。
時平は勿論彼のそう云う胸中を知っていよう筈はないけれども、それにしても平中は、時平のためにその折角の心づかいを無駄にされてしまったのである。
平中は罪を重ねると云っても、たゞ内々で大納言の妻である人と契り、とき/″\数時間逢っていたに過ぎないのであるが、時平は大納言に僅かばかりの恩を売り、あの老人を前後不覚に酔わしておいて、彼が命よりも大切にしているものを、あっさりと自分の所有に移した。