つまり夫人が老大納言の北の方であるうちは、いつでも自分の欲する時に撚りを戻すことが出来たのに、今やそのことが不可能になったので、そのための口惜しさが重な原因であつたのだと、云えなくもあるまい。
因みに云うが、前掲の平中の「物をこそ」の歌は、古今集には読人しらずとして載っており、「物をこそいはねの松の」が「思ひ出づるときはの山の」となっている。
又十訓抄は此の歌の作者を国経としているが、その文に曰く、
つまり夫人が老大納言の北の方であるうちは、いつでも自分の欲する時に撚りを戻すことが出来たのに、今やそのことが不可能になったので、そのための口惜しさが重な原因であつたのだと、云えなくもあるまい。
因みに云うが、前掲の平中の「物をこそ」の歌は、古今集には読人しらずとして載っており、「物をこそいはねの松の」が「思ひ出づるときはの山の」となっている。
又十訓抄は此の歌の作者を国経としているが、その文に曰く、