又十訓抄は此の歌の作者を国経としているが、その文に曰く、
時平公はすべておごれる人にておはしけるにや、御をぢの国経大納言の室は在原棟梁の女なりけるを、たばかりとりて我が北の方にし給ひけり、敦忠卿の母なり、国経卿歎き給ひけれども、世のきこえにはゞかりてちから及ばざりけり
思ひ出づるときはの山の岩つゝじ
又十訓抄は此の歌の作者を国経としているが、その文に曰く、
時平公はすべておごれる人にておはしけるにや、御をぢの国経大納言の室は在原棟梁の女なりけるを、たばかりとりて我が北の方にし給ひけり、敦忠卿の母なり、国経卿歎き給ひけれども、世のきこえにはゞかりてちから及ばざりけり
思ひ出づるときはの山の岩つゝじ