それにつけても、彼が何とかしてその人に近づこうと思い、暇があれば此のあたりをうろ/\していた情況が察しられるが、少年の腕に歌を書いたとは、急の場合で紙などの持ち合わせがなかったのか、紙では却って落ち散る恐れがあったからであろうか。
北の方は、我が子の腕に書いてある昔の男の歌を読んで、ひどく泣いたが、やがてその文字を拭い取って、「うつゝにて」の返歌を、同じように腕に書き記し、「これをその方にお見せ」と云って我が子を突き遣ると、自分は慌てゝ几帳のかげに身を隠した。
今を時めく左大臣の北の方に、こんな工合にして平中が取次を頼んだのは一度や二度ではなかったと見えて、大和物語には又別な歌が伝わっている。