菅公の霊が始めて姿を現わしたのは、薨去の年の夏、或る月の明かな夜、五更が過ぎて天がまだ全く明けきらない頃、延暦寺第十三世の座主法性房尊意が四明が嶽の頂に於いて三密の観想を凝らしている時であった。
中門のあたりと覚しい所にほと/\と戸を叩く者があるので、開けて見ると、亡くなった筈の菅丞相が彳んでいた。
尊意は胸騒ぎを隠しながら、恭しく持佛堂に請じ入れて、深夜の御光臨は何御用にて候哉と問うと、丞相の霊が答えて、自分は口惜しくも濁世に生れ合わせて無実の讒奏を蒙り、左遷流罪の身となったについては、その怨みを報ぜんために雷神となって都の空を翔り、鳳闕に近づき奉ろうと思っている、此の事は既に梵天、四王、閻魔、帝釈、五道冥官、司令、司録等の許しを得ているので、誰に憚るところもないのだが、たゞ貴僧は法験がめでたくおわしますので、貴僧の法力で抑えられるのが一番恐ろしい、何卒年来の師壇の契りを思って、たといその折朝廷からお召しがあっても、お請けにならないように願いたい、自分は此のことを申上げたいと存じて、只今態々筑紫から参ったのです、と云うのであった。