なお、滋幹は、尊卑分脈に従五位上左近少将と肩書がしてあって、亮明、正明、忠明と云う三人の男子を儲けたことになっているが、此の子供たちの母も誰であるか分らず、且三人ながら跡が絶えていて、子孫がない。
それに滋幹の名は、公卿補任等には全く見えていないので、彼がいつ従五位になり、いつ左近少将になったのかは明かでなく、生年月日や歿年等も知るよしがない。
尊卑分脈以外のもので滋幹に関した記事を拾えば、大和物語に、
なお、滋幹は、尊卑分脈に従五位上左近少将と肩書がしてあって、亮明、正明、忠明と云う三人の男子を儲けたことになっているが、此の子供たちの母も誰であるか分らず、且三人ながら跡が絶えていて、子孫がない。
それに滋幹の名は、公卿補任等には全く見えていないので、彼がいつ従五位になり、いつ左近少将になったのかは明かでなく、生年月日や歿年等も知るよしがない。
尊卑分脈以外のもので滋幹に関した記事を拾えば、大和物語に、