と云うのが見えるのが、普通に知られているのであるが、此のほかに、餘り世間に読まれていないものに、遒古閣文庫所蔵の写本の滋幹の日記がある。
これは残缺で、遒古閣本以外にも写本が二三あるようだけれども、何処にも完本は伝わっておらず、大体に於いて天慶五年の春頃から以後七八年の間に亙って、折々書き継がれたらしく思われるものが、部分的に残っているだけであるが、その内容は、殆ど全部が母を恋い慕う文字で埋まっているのである。
ところで、滋幹の生母は即ち敦忠の生母であることは読者も御承知の通りであるが、此の母はいつ頃まで生きていたのであろうか。