日記に依って想像するのに、滋幹の母の記憶は、彼が四つぐらいの時から少しずつ残っているらしいのであるが、最初の頃のは極めておぼろげな、霞のように淡いものであるに過ぎない。
彼は自分の身に取っても、父の国経に取っても、一生涯の大事件であったあの夜のこと、―――母が本院の大臣に連れて行かれた夜のことについては、何もおぼえていないのであって、たゞいつからか、母がもう自分の家にいないようになったことを、誰かに聞かされて、急に大変悲しくなって泣いたのであった。
彼にその話をしてくれたのは、多分老女の讃岐であったか、乳人の衛門であったか、孰方かであろう。