彼はたまにしか会えない母の顔を、そう云う折にしっかり見覚えて置きたかったので、抱かれながら仰向いて見たが、残念なことには部屋が暗いのと、額から垂れたゆたかな髪が輪郭を覆い隠しているので、厨子の中にある御佛を拝むようで、心ゆくまで見きわめたことはなかった。
母のようにみめかたちのすぐれた人は稀であると云うことは、女房たちが噂するのを聞いて知っていたので、うつくしいと云うのはこう云う顔のことなのかと思ってはいたが、ほんとうにそうと得心が行っていたのではなかった。
たゞ母の衣には、何と云うものか特別に甘い匂のする香が薫きしめてあったので、じっと無言で抱きしめられている間が好い気持であった。