母の容貌を心から美しいと思ったのは、その一瞬のことであったが、それはちょうどその時に、春の日ざしの照り返しが、まともに母の顔の上にたゞよっていて、いつも奥深い暗いところでばかり見ていた輪郭が、くっきり浮き出していたせいであった。
母は子供に気付かれたと思うと、慌てゝ顔を子供の顔にぴったりと擦りつけたので、却って何も見えなくなってしまったが、その代り睫毛にたまっていた涙の玉が子供の頬に冷めたく触れた。
滋幹は、後にも先にも母の顔をまざ/\と見たのはその一瞬間だけであったが、而もその時の目鼻立の印象と、その美しさの感銘とが、長く脳裡に焼きつけられて、生涯消えずにいたのであった。