彼に取って「母」と云うものは、五つの時にちらりとみかけた涙を湛えた顔の記憶と、あのかぐわしい薫物の匂の感覚とに過ぎなかった。
而もその記憶と感覚とは、四十年の間彼の頭の中で大切に育まれつゝ、次第に理想的なものに美化され、浄化されて、実物とは遥かに違ったものになって行ったのであった。
滋幹の父に関する思い出は、母のそれに比べると晩く、いつから記憶が始まっているか確かでない。
彼に取って「母」と云うものは、五つの時にちらりとみかけた涙を湛えた顔の記憶と、あのかぐわしい薫物の匂の感覚とに過ぎなかった。
而もその記憶と感覚とは、四十年の間彼の頭の中で大切に育まれつゝ、次第に理想的なものに美化され、浄化されて、実物とは遥かに違ったものになって行ったのであった。
滋幹の父に関する思い出は、母のそれに比べると晩く、いつから記憶が始まっているか確かでない。