母が亡くなってからの父は、出仕を怠っている日が多く、晝間から一と間に閉じ籠って病人のようにしていることがしば/\であったし、餘所目にもひどく憔悴して、鬱々としているように見えたので、そう云う父が子供にはひとしお薄気味悪く、近づきにくい感じがして、なか/\慰めに行くどころではなかったのであるが、お父さまはお優しい人なのですよ、若様が行ってお上げになればどんなにお喜びになりますことか、と、乳人は云って、或る日滋幹の手を執って、父の部屋の前まで引っ張って行き、さあ、と、障子を開けて無理に中へ押し込んだことがあった。
もとから痩せていた父は、一層痩せて眼が落ち窪み、銀色の鬚をぼう/\と生やして、今まで臥ていたのが起きたところらしく、狼のような恰好をして枕もとにすわっていたが、その眼でジロリと見られた途端に、滋幹は体がすくんで、口もとに出かゝっていたお父さま、と云う声が、咽喉の奥に痞えた。
親子はしばらく、互に眼で探りを入れながら見合っていたが、でもそのうちに、滋幹の心を壓していた恐怖感が次第に和らいで、或る云い知れぬ甘いなつかしい感覚に代った。